51 食べ物を運んでくれた天狗

51 食べ物を運んでくれた天狗

 文明開化の声が聞かれて間もない頃のことです。
 芋窪に不動明王を、ことの外深く信仰していた家がありました。ある日のこと、この家の息子さんが、神かくしにあったように忽然(こつぜん)と姿を消してしまいました。家人が八方手をつくして探しましたが、一向に行方がつかめません。一日、二日と経ち、三日目にはもう居ても立ってもいられないほど、不安は募(つの)るばかりでした。

 四日目のことです。天井の上の方から聞える不審な物音に、恐る恐る上ってみると、なんと行方不明だった息子が、大屋根の棚(たな 屋根裏)にいるではありませんか。家人が安堵の胸を撫でおろしたのは言うまでもありません。けれども、人間の限界を越えてまる四日の間、飲まず食わずでいたのですから、それは大変なおどろきでした。
 信心深い人には、時に常識では計り知れない現象が起る事があるといいます。その例にもれず、天狗が大屋根の破風から食べものを運び入れてくれたのだそうです。
 信仰心厚く学識もあり、人々から「先達」(せんだつ)と呼ばれていた立派な人の若い頃のことです。
 (p113~114)